『歩けない僕らは』が11月23日より公開されることを記念し、記者会見が行われました。
佐藤監督は、宇野さんと一緒に回復期リハビリ病院で理学療法士さんたちを取材し、「1年目のセラピストの女の子が、担当した患者さんの希望を叶えてあげられないまま退院させてしまったというお話をされている時に、悔し涙を流されていて、ぱっと横を見たら宇野さんも涙を流されていたので、そこがリンクしました。あとは、目の前の悔し涙に対しての宇野さんと自分との差を感じ、(落合モトキさん演じる)柘植だとか違う人の悔し涙までの距離の違いみたいなものも、この映画で多面的に描けたら広がりのある映画になるのではないかと思い、ヒントになりました」と話しました。
宇野さんは理学療法士さんたちを取材し、「人対人のお仕事で、正解がないからこそやりがいがあって、期間が決められている中での(回復期リハビリテーションでの)リハビリは緊張感や責任感があって、それはベテランになってもずっとついてくるものなんだなというのを感じました。涙を流しながらお話ししてくださったことは、遥役の役作りとして、すごく大きくて、気が引き締まりました」と感謝していました。「一番大切なのは距離感と聞きました。回復期リハビリテーションは、その人の将来を左右する医療機関で、責任感だとか言葉では表せないものがあるんですが、温かい職業だなと思いました」と話しました。
今回『歩けない僕らは』と同時上映される、監督の長編デビュー作『ガンバレとかうるせぇ』で堀さんをキャスティングした際に、運命的なことがあったそうで、「堀さんの印象が残ったまま、2年後に『ガンバレとかうるせぇ』を撮るとなって、主演をぜひ堀さんにお願いしたいと思って堀さんを検索したんですけれど、堀さんは何もやられていなくて、最初は諦めました。けれど、諦めきれなくて、撮影直前にもう一度検索してみたら、ちょうど前日にツイッターを始めていました。それでツイッターで声がけをさせていただいて、お母様と三者面談をして、秋田に撮影に来ていただきました」と運命的な再会について話しました。
堀さんは、『ガンバレとかうるせぇ』が初めてカメラの前に立った映画初出演作で、初主演作。そのような作品がやっと劇場公開されることについて、「映画自体もそうですけれど、私自身の思春期を覗かれるような気もして、嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがあります。6年経って公開できるって、映画のいいところだなと思います」と答えました。
堀さんは、『歩けない僕らは』で、佐藤組に戻ってきた感想について、「佐藤監督に6年間今までどういう風に過ごしてきたかを見られる感じがして、すごく緊張しました」と話しました。
本作は、栃木県最南端の野木町の回復期リハビリ病院で撮影されたのですが、山中さんは、野木の隣の茨城県古河出身。撮影の前日に、演じた日野課長のモデルの方にお会いして、台本にはなかったアイデアを出されたそう。「日野課長役のモデルの方が、ゴッドハンドだと聞いていたので、どんなマッチョな方かと思ってお会いしたら、普通の北関東のおっちゃんで。僕の実家も近所なんで、北関東の方言やこの方の温かさをヒントに演じました。(劇中で)訛っているの僕だけなんで、どうなんだろうとも思ったんですけど」と話し、笑いを誘いました。
監督は「脚本上は訛りだとかを書いていなかったです。山中さんに演じていただいた日野課長と、板橋駿谷さんが演じたリーダーの田口の違いを脚本上に出そうと思っていたけれど、いまいち自分の中で違いが具体的に仕上がっていなかったところを山中さんに演じていただいて、日野課長の包容力を出していただきました。柔と剛じゃないですけれど、田口がどちらかというと堅い感じで、日野課長が柔らかいという違いを出していただいて、ありがたかったです」と話しました。
日野課長と、板橋駿谷さん演じるリーダーと、宇野さん演じる新人と、3世代の理学療法士が居酒屋で並んで座って話しているシーンが良いと評判で、板橋駿谷さんは、3人並んだので、役者について先輩と話している気分だったそう。日野課長の『なんでこの仕事選んじゃったんだろう。でも辞めなかったなぁ』というセリフについて聞かれた山中さんは、「印象に残るすごくいいセリフなので、あまり感情を乗せない方がいいんだろうなと思いました。あまり感情的にやっちゃうとお客さんが入ってこれないので、さらっと言った方がいいんだろうなと思いました」と話し、監督も、日野課長のモデルの方の話がヒントになったセリフだと話しました。監督は、「取材させていただくと、新人の方からベテランの方まで本当にやりがいを持って仕事をされています。脳卒中と言っても症状がそれぞれ違います。この職業って、決して歩けるようにするだけでなくて、その先の人生も一緒に考えていかなくてはいけないので、それからの人生を共有していくような仕事に対して皆さんやりがいを感じているというのを3人の背中で表せないかなと思っていました。脚本を書いている時は自分にはリンクしていなくて、セラピストの方のやりがいを表せたらなと思っていたのですが、山中さんと板橋さんのあのお芝居を見て、広がりを作ってくださったと思います」と話しました。
宇野さんは、佐々木さんとの思い出を聞かれ、「すごく温かくて、かっこいい方でした。遥が悩んでいて落ち込んでいる時に、一緒にお墓参りに行くシーンがあったんですけれど、遥としても前向きな気持ちになれました」と答えました。
質疑応答では、プロデューサーから提案を受けた時の感想を聞かれて、佐藤監督は、「今まで自主映画で撮ってきたんですけれど、テーマが自分の内側から出てきたものしか撮ってきていなかったので、いつか外側にあるテーマにどうリンクできるのかという外側にある舞台を映画にしたいと言うか、しなければいけないという気持ちがあったので、ぜひ挑戦させていただきたいという気持ちがありました。同時に、脳卒中になって歩けなくなってしまった方々を歩ける自分が描くということに対するおこがましたというものがずっと消えなくて、一年弱ずっと病院で取材をさせていただいて、少しずつかき集めて作っていきました。それでも今でも描き切ったということはなくて、考え続けなくてはいけないテーマをいただいたという感覚です」と答えました。また、「(疾患によって何日入院できるという)国で決められたルールがあるということを映画の中で提示することで、”回復期リハビリ病院の映画”だと狭くなってしまうのではないかと思いました。そこよりも外の社会まで描きたかったので、数字だとかルールみたいなものはぼかして描こうと思っていました」と話しました。
登壇している役者さんに関して、「宇野さんは強さみたいなものが弱さにも見える瞬間がこの映画に映ればいいなと思っていました。宇野さんは感受性が豊かというか、目の前のものに反応する力があるので、今回落合モトキさんと宇野さんが、打ち合わせで決めずに、現場で目の前で起きたことに反応されて、お芝居がどんどん変わっていったような感覚があるので、そこは宇野さんと落合さんの力を感じました。堀さんは、宇野さんとは違う種類の頑固で、その頑固さがこの映画で対峙できる、ぶつかるようなシーンが描けたらなというのは最初から思っていました。山中さんは頑固ではないですけれど(会場笑)、包容力で僕自身も包んでいただきました。病院に見学に来てくださって、モデルの方とお話しされた時にどういうものを見たかわからないですけれど、現場に入ってくださった時にそこに日野課長がいて、この映画を包んで下さったので、俳優さんってすごいなと思いました」と話しました。
宇野さん演じる遥に挫折がいっぱい降りかかることに関して聞かれた監督は、「脚本上でのラストシーンは、より大きな挫折が降りかかっていたのですが、編集をしていて、作為的に感じてしまって、自分が挫折を遥に与えているような気持ちになりまして、閉じて終わらず広がっていくラストカットにしました。」と制作秘話を話しました。
「最初から短編で考えていたのか?」という質問に監督は、「長さとかは最初からは決まっていなくて、色んな兼ね合いで短編になっていったのですが、長編にしないのかというご意見もたくさんいただいています。自分の中でこのテーマは描き切ったという感覚はなくて、考え続けていかなくてはいけないテーマではあると思うので、『歩けない僕らは2』なのか、今後長編映画につながっていくのかなと思っています」と話しました。
本作を楽しみにしてくださっている方々に一言聞かれ、宇野さんは、「『歩けない僕らは』は、人間臭くて、すごく繊細な作品だと思います。歩くだとか、そういった当たり前のことについて改めて考えるきっかけになるといいなと思います」と話し、記者会見は終了しました。